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自分らしく最幸の人生を創造する生き方のススメ

高卒、性別違和、田舎の実家暮らしだった私が、本当の自分で生きると決めて、やりたいことしかやってはいけないルールのもとに行動に移した記録。得意なことはライフデザイン。本当の望みを実現するために、自分の本音を知っていくこと。それさえわかれば、勝手に道は開いてゆける。

男性性・女性性のつながりに目覚める②

私は、そもそも、男性の暴力的なところや、

寄り添うことが下手だったり、感情が希薄なところが苦手でした
(もちろん、そういう人ばかりではありません)
 
そして、女性のたおやかさや、包み込んでくれる感じは、安心することができ、とても好意的に感じました
 
世の中から、男性がいなくなればいいとさえ、思った時期もありました
 
特に、偉そうで、傲慢で、人を見下しているタイプの男性に対しては、嫌悪感が半端なく湧き上がってくることがありました
(そういう人は、地位や肩書きばかりで、虚勢をはって、中身は大したことなさそうに見える人でした 笑)
 
そして、そういった男性に虐げられ、自己主張できない女性には、絶対になりたくありませんでした
 
私は、今でこそ、両親のことはどちらも好きで、生きているうちに出来るだけ親孝行したいと願ってるのですが
 
小さい頃は、お父さんがきらいでした
 
お父さんから、お母さんを守ってあげたいと思っていました
 
お母さんは、この世から永遠にいなくならないでほしいし、いなくなることを考えると、それだけで涙が出るほどでした
 
反対に、お父さんなんて、事故にでもあって死んじゃえって、いつも思っていました
(今では、本当にそうならなくてよかったと思うのですが、、^^;)
 
物心つく前に、私が抵抗している男性性と女性性の典型的な印象となるものを、一番最初に両親に見出し、その投影にずっと苦しんできたのです
 
私がもし男に生まれていたら、もっと人を温かく包み込んで、誰よりも優しい男(で、めっちゃモテモテw)であるはずなのにと、小学生くらいの頃から密かに感じていました 笑
 
しかし同時に、父の子である私には、絶対に暴力性や、人を傷つけてしまう要素が眠っていると信じていて、表に出さないように神経質に気をつけている面もありました
 
何があっても、相手を優先し、自分を犠牲にしてでも他人に尽くすことが美徳であることを、母の姿を通して学び、大切にしてきました
 
今思えば、パートナーに対しては、外に出さないように気をつけていたはずのものや、
絶対に出してはいけない自分のタブーを、随分とぶつけてしまいました
 
怒りや、暴力性を露わにしたり、無償の愛を与えたつもりが、与えた分だけ、見返りを求める欲求も湧いてきたりしました
 
しかし、
どんなに醜い自分を見せつけても、パートナーは、ずっと私を愛してくれました
 
 
こんな私でも、愛してくれるんだ
 
 
それは、驚くべき至福の経験でした
 
 
また、私も、どんなパートナーも嫌いになれないし、むしろ初めて会ったときのようなトキメキがずっと失われずにありました
 
そんなパートナーの存在には、感謝しかありませんでした
 
 
私は、それまで、自分の中の男性性も、女性性も受け入れることが出来ていなかったので
 
自分のアイデンティティも定まらないし、自分が何を好きで、どんな自分になりたいのかもわからない
 
何かが良いとか悪いとか決めつけるのもできなかったので、中身のない、スカスカな人間でした
 
それでも、いつも顔はニコニコしていたので、人には好かれて、友達には恵まれていました
 
性別の心の悩みごと以外は、とても楽しく幸せに過ごせていたと思います
 
学生時代はバレーボールに熱中し、社会人になっても、告白された人と、とりあえず付き合うという付き合い方をしていたので 笑
 
パートナーと出会うまで、まともな恋愛もしてきませんでした
 
それが、いま、こうして、自分の内側にある、
女性性と男性性のそれぞれの魅力が目覚め、
それぞれの否定を、日々、できる限り拭い去り、
 
まず、"自分の内側に存在する女性性と男性性の結婚"ということをテーマに内観することを、真摯に取り組み始めました
 
周りが結婚したり、子どもが生まれたり、
世間体を気にしては、焦りを感じたりする自分も正直いましたが
 
どうあがいたって、型にはめられた普通の生き方はできないことはわかったので、自分の感覚に正直に生きるしかありませんでしたし
 
何より、このときは、パートナーと過ごす日々と、共に未来を描くことに本当に幸せを感じていました
 
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しかし、
 
強烈に惹き合うもの同士は、
わかって欲しい、わかりあいたい
という欲求から
 
特に、第三者が絡むときに、
寂しさ、嫉妬、分離、不自由を生み出してしまい
 
どうしても、常に激しいぶつかり合いが起こってしまいました
 
その後、それぞれの歩む道は、少しずつ、
掛け違えられていってしまったのです
 
 
続く