自分らしく最幸の人生を創造する生き方のススメ

高卒、性別違和、田舎の実家暮らしだった私が、本当の自分で生きると決めて、やりたいことしかやってはいけないルールのもとに行動に移した記録。得意なことはライフデザイン。本当の望みを実現するために、自分の本音を知っていくこと。それさえわかれば、勝手に道は開いてゆける。

再び、男性性と女性性について

男性性と女性性の間には

無数のグラデーションが存在する

僕が最近着目したのは、自分の性自認をXジェンダー(男でも女でもない)と認識する人の割合が増えてきているということ

心は自由自在

今の時代に存在しているアンデンティティを図るには、以前の「男」と「女」という言語や感覚では、尺度としてあまりに乏しくなってきているのだろう

その人のアイデンティティは、当然、身体の性だけでは図れないし語れない

身体の性という枠にカテゴライズして話されることに違和感を持つ人は、もはやトランスジェンダーだけではない

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社会においても性質の移行が始まっています

組織やグループの在り方でも、
求められているものが大きく変わろうとしています

ピラミッドは男性性
誰かカリスマがいて
少数の導いてくれる人と
多数の導いてもらう人が存在する
大切にしていることは未来
全体でひとつの決められた方向へ向かおうとする

サークルは女性性
個々の存在が何か独自のものを創造する
各々が好き得意を活かし横の関係で繋がり
今を大切にしている
全体はそれぞれの変化を見守っている

戦後の混沌とした時代に、人々が争い奪い合うことなく、快適に暮らすために求められたのは「秩序」でした

そのため、より良い方向へ導いてくれるリーダーが必要とされてきました

災害などピンチが起きたときには強いリーダーシップが求められるように、これまでは男性性が優位の時代が続いていました

良い意図で作られたピラミッドは、一時的に全体に安心をもたらしました

男性性の正体は「柱」であるとある人は言いました
安心して委ねられる存在は、心強く、敬われるものでした

しかし、社会が危機→安心→マンネリに移行し、気づいた頃にはリーダーシップという大義名分は、権力者による教え込みにすり替わっていました

導かれることに慣れた人たちも、自然と教え込みを迎合するように調教されていました

自分で「決める」という選択は、ときにその責任をとる苦痛を伴います

たとえ我慢を強いられても、誰かにさせられているフリをする方がよっぽど都合がよかったりするのです

被害者と加害者のゲームもこれに等しく

しかし、時代の移り変わりと共に、疑問を呈する人がフォーカスされ始めました

すり込まれた正しさよりも、自分の感覚の正しさを信じる人たちが現れました

彼らが切り拓いた道筋から
「もっと、自分らしく生きてもいいんじゃないか」とインスパイアされる人たちが増えてきました

これからは新たな時代の幕開け
どんな自分も「これが私だ」と胸を張って生きる時代

それが認められ、歓迎され、求められる時代
ピラミッドよりもサークルがうまくいく時代

女性性と男性性の性質の違いは
どちらが優れている
劣っているというものではない

僕のひとつのこたえとしては
自分や全体が今どこにいて
どこに向かおうとしているのか

それさえわかっていれば上出来だということ