なりたい自分になる
自分が世界にどれだけ受容されているか?
そんなことを気にしながら生きていて、
世界に受容されていると思い込んでいる分は自由に表現することができるし、
受容されていないと思い込んでいる分は、
隠して世界のニーズにこたえる自分を演じるか
理解していない人たちを創り上げ自分を貫き通すか
だよね
私は前者、勇気がない分、周りに合わせることはその場しのぎで楽だからね
でも次第に自分が何者かわからなくなってくるよ
後者は自分の存在が際立ってくるけど、
その分摩擦だらけで生きにくいよね
敵なんていないところにも創り出してしまいそう
何が大事って、自分が世界に許可されていないと思い込んでいるところよね
僕は実は、もっとなりたい自分がいるの
世界が受容してくれないと思い込んでいる
でも、その思い込みすらも変えることができると知っているの
「なりたいけどなれない」は、他の誰でもない
自分が許可していないだけだろ?
僕は、私は、
なりたい自分になることを許可します。
今日、ここで、それを許可します。
以上。